人生の道連れ2

事前のリサーチで、術後が苦しいと知ってはいた。私の場合、痛みは堪えられても吐き気は抑えられず、何度も吐血。そこでふと、もうろうとした頭で思い出す。鼻から喉に流れ落ちる血を飲んでしまうと吐き気をもよおすと誰かの手術体験記に書いてあった。唾液と思って飲み込んでいたそれは、血液ではないか?そのことを看護師さんに伝えると、ハッとした顔をなさったので多分そうなのだろう。しばらくして先生が来てくださった。やはり、鼻から喉に流れ落ちるものは全て吐き出すようにとのこと。

この時初めて、飲み込めない辛さというものを味わう。普段無意識にやっているゴックン。これをずっと我慢するのって意外と難しい。意識していないとつい飲み込んでしまうのだ。しかし飲み込むと吐き気という罰を食らう。まるで電気ショックを受けるラットの気分だ。おまけに両鼻はぎっしりガーゼが詰め込まれているため、ずっと口呼吸。とにかく喉に全集中だ。喉が乾燥するとさらに辛いのでマスクをするも、3〜5分おきに血を吸った鼻穴の綿球を取り替えなくてはならない。吐き気と回らない頭でせっせとルーティンをこなす。ゴックンを我慢→マスクを下げて血液をペッ→鼻の綿球取り替え→マスクを上げて、またひたすら喉の奥に流れ落ちるものをせき止める。
ところで、綿球の取り替えは手鏡を見ながらするのだが、初めて術後の我が鼻を見た時は驚きを通り越して、ほほう〜と感心してしまった。見事な膨張ぶり。ゴム人間ルフィの鼻版だ。どうりでiphoneも顔認証しないはず。このまま戻らなかったらどうしようという一抹の不安を抱えながら、ようやくウトウトできたのは翌日の明け方近くであった。

さて、副鼻腔炎の手術で、患者にとって一番の難関と言われるものが「ガーゼ抜き」。体験記を拾っていると、「激痛」、「耐え難い痛み」などと記されており、チキンな私は相当にビビっていた。前もって先生にガーゼ抜きの日時をしっかりチェックし、その2時間前には痛み止めを服用することも忘れなかった。ところがどっこい、思いの外すんなり終わって胸をなでおろす。痛みがなかったといえば嘘になるけれど、耐え難きものではなかった。それにしても鼻の穴の向こうは恐ろしいほど奥深い。まるで”きりたんぽ”のようなガーゼの塊が、ちょうど目頭あたりから鼻のトンネルをスルスルと抜けていくリアルな感触。あれは人生初のドキドキ体験だった。

ふぅ。兎にも角にも今回の手術入院の最難関は突破した。と、その時は思ったのだ。その時は。「な〜んだ、余裕のよっちゃんよね〜🎶」と昭和ギャグを絡めながら、天にも昇る心地ですらあった。甘かった。その翌日、余裕のよっちゃんは哀れにも自爆した。つまり私の場合、(人の体験記なんて当てにならないことを思い知る)痛みのピークはガーゼ抜きではなく、その後の鼻のお掃除であったのだ!長〜いファイバースコープのようなものを2本、巧みに操りながら、T先生は私の鼻のトンネル奥深くへと突き進む。痛いです。マジで痛いですよ、先生!!麻酔?のガーゼを入れた後でこの痛さってどんだけなんすかー!ってなことを言う余裕のよっちゃんは、もう影も形もありませぬ。「目を開けた方が楽ですよ〜」いつもの穏やかな調子でT先生は言う。すかさず歌舞伎役者ばりにカッっと目を見開く自称チキン。そうか、これで楽になるのか〜、目も鼻も口もみんなみんな繋がっているんだな〜。友達なんだな〜。

結局この鼻のお掃除は、退院後の外来でも続くことと知り、少々ゲンナリ。でも奥まった箇所なんだから仕方ないですね。1ヶ月前の怪我は一歩間違えばかなり危ない状況ではあったが、切らずに済んだ分、体への負担は運び込まれた時をピークに徐々に軽減していき、気力の回復も早かった。しかし今回は鼻という限定的な部位とはいえ、やはり切っているので体力、気力ともに元に戻るには少々時間がかかりそうだ。退院後は微熱が続き、しばらく痛み止めも服用。嗅覚はいまのところまだ戻っていない。焦らずのんびりいこう。このまま順調に回復した後のすっきりした鼻通りと共鳴を楽しみに。

今回オペをしてくださったT先生には最初から全幅の信頼を寄せていた。いつも丁寧に問診、説明をしてくださり、不要な不安を取り除いてくださった上で、オペは鼻茸除去だけでなく、鼻腔内の歪みの修正やアレルギー性鼻炎の改善など、いくつもの項目をいっぺんに処置してくださったゴッドハンドの持ち主。手術直前には、緊張がピークに達した私の顔を覗き込み、「大丈夫ですよ〜」と、そのゴッドハンドで優しく肩をトントンと叩いてくださるなど、精神面でもおおいに救われた。いい先生と出会えて本当によかった。
麻酔科の先生にも感謝。声を使う仕事なので呼吸確保の管を通す際に声帯が傷つかないか心配だと打ち明けたところ、声帯を越す(という言い方をされていた)やり方があるんですよと、その場で手書きの絵を描いて声帯を傷つけない方法があることを説明してくれた。おかげで術後に喉がヒリヒリするようなことは一切なかった。ありがたいことだ。

そんなこんなで今回も色んな人のお世話になった。家族にも友人にも大変助けられた。残念ながら昨日、私が抱えているのは好酸球性副鼻腔炎という原因不明の難病であることが判明。再発の可能性が高いそうだ。同じ疾患を持つ患者さんひとりに対し、T先生は4回手術したと言っていた。うぇ〜ん、チキンはもう手術したくないです〜。こうなれば、なるべく再発しないよう予防できることは全てやっていこう。T先生とは一生のお付き合いになるかもしれないな。


病は気から。できれば前向きに捉えたい。今回の手術を経てわかった自分の体内で起きている奇妙な現象。少々厄介な奴だが、人生の旅仲間が一人増えたくらいのつもりで、歩を進めていこうと思う。

おわり