いま、新撰組が新鮮

久しぶり、京都文化博物館へ行ってきた。

現在開催中の「新撰組展2022」
知ってるようで知らない新撰組の実態とは?
この展覧会では、近年までの調査で明らかになった新知見を生かしつつ、史実としての新撰組に迫っている。

展示品のひとつひとつにじっくり向き合ううちに、肌感覚で伝わってきた時代背景と幕末の志士の汗と涙。写真がある。手紙がある。刀がある。生きた歴史がそこにある!

近藤勇や土方歳三のポートレイトは写真。写真は光に弱いから、今回は特別のご披露らしい。(土方さんは、やはりイケメン。鬼の副長とのギャップにやられる)
孝明天皇が所持した短剣や土方さんの愛刀・銘 和泉守兼定もキラリ。池田屋で使用された防具も展示されている。武装し刀を振るう姿が目に浮かぶようだ。
そして、今回特に部数の多い手紙は現代語訳が添えられているのがありがたい。新撰組隊士の胸中がリアルに迫る直筆の書簡。それにしても昔の人はみな達筆だなぁ。一文字一文字に魂が込められている。重い。切迫感が伝わる。命がけの手紙。
さらに歩を進めると、近藤勇の処刑を伝えるニュース速報、瓦版が目に飛び込んできた。京都三条河原に晒された首の絵がショッキング。これも史実。生きた歴史である。
などなど、見応え十分すぎて、途中係りの人に「まだ半分もご覧になっておられませんよ」と催促される始末。会場を出る頃にはすっかり夕暮れの京都になっていた。

激動の幕末に散った熱い男たちの足跡。
敗者側の資料というのは、はなかなか残らないらしく、今回は文化財としても貴重な展覧会となっている。新撰組をまた新たな視点で捉えられるかもしれない。興味のある方はぜひ。

京都文化博物館

PS: 斜め向かい、三条通りのslurp スラープさん、美味しかった。










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人生の道連れ2

事前のリサーチで、術後が苦しいと知ってはいた。私の場合、痛みは堪えられても吐き気は抑えられず、何度も吐血。そこでふと、もうろうとした頭で思い出す。鼻から喉に流れ落ちる血を飲んでしまうと吐き気をもよおすと誰かの手術体験記に書いてあった。唾液と思って飲み込んでいたそれは、血液ではないか?そのことを看護師さんに伝えると、ハッとした顔をなさったので多分そうなのだろう。しばらくして先生が来てくださった。やはり、鼻から喉に流れ落ちるものは全て吐き出すようにとのこと。

この時初めて、飲み込めない辛さというものを味わう。普段無意識にやっているゴックン。これをずっと我慢するのって意外と難しい。意識していないとつい飲み込んでしまうのだ。しかし飲み込むと吐き気という罰を食らう。まるで電気ショックを受けるラットの気分だ。おまけに両鼻はぎっしりガーゼが詰め込まれているため、ずっと口呼吸。とにかく喉に全集中だ。喉が乾燥するとさらに辛いのでマスクをするも、3〜5分おきに血を吸った鼻穴の綿球を取り替えなくてはならない。吐き気と回らない頭でせっせとルーティンをこなす。ゴックンを我慢→マスクを下げて血液をペッ→鼻の綿球取り替え→マスクを上げて、またひたすら喉の奥に流れ落ちるものをせき止める。
ところで、綿球の取り替えは手鏡を見ながらするのだが、初めて術後の我が鼻を見た時は驚きを通り越して、ほほう〜と感心してしまった。見事な膨張ぶり。ゴム人間ルフィの鼻版だ。どうりでiphoneも顔認証しないはず。このまま戻らなかったらどうしようという一抹の不安を抱えながら、ようやくウトウトできたのは翌日の明け方近くであった。

さて、副鼻腔炎の手術で、患者にとって一番の難関と言われるものが「ガーゼ抜き」。体験記を拾っていると、「激痛」、「耐え難い痛み」などと記されており、チキンな私は相当にビビっていた。前もって先生にガーゼ抜きの日時をしっかりチェックし、その2時間前には痛み止めを服用することも忘れなかった。ところがどっこい、思いの外すんなり終わって胸をなでおろす。痛みがなかったといえば嘘になるけれど、耐え難きものではなかった。それにしても鼻の穴の向こうは恐ろしいほど奥深い。まるで”きりたんぽ”のようなガーゼの塊が、ちょうど目頭あたりから鼻のトンネルをスルスルと抜けていくリアルな感触。あれは人生初のドキドキ体験だった。

ふぅ。兎にも角にも今回の手術入院の最難関は突破した。と、その時は思ったのだ。その時は。「な〜んだ、余裕のよっちゃんよね〜🎶」と昭和ギャグを絡めながら、天にも昇る心地ですらあった。甘かった。その翌日、余裕のよっちゃんは哀れにも自爆した。つまり私の場合、(人の体験記なんて当てにならないことを思い知る)痛みのピークはガーゼ抜きではなく、その後の鼻のお掃除であったのだ!長〜いファイバースコープのようなものを2本、巧みに操りながら、T先生は私の鼻のトンネル奥深くへと突き進む。痛いです。マジで痛いですよ、先生!!麻酔?のガーゼを入れた後でこの痛さってどんだけなんすかー!ってなことを言う余裕のよっちゃんは、もう影も形もありませぬ。「目を開けた方が楽ですよ〜」いつもの穏やかな調子でT先生は言う。すかさず歌舞伎役者ばりにカッっと目を見開く自称チキン。そうか、これで楽になるのか〜、目も鼻も口もみんなみんな繋がっているんだな〜。友達なんだな〜。

結局この鼻のお掃除は、退院後の外来でも続くことと知り、少々ゲンナリ。でも奥まった箇所なんだから仕方ないですね。1ヶ月前の怪我は一歩間違えばかなり危ない状況ではあったが、切らずに済んだ分、体への負担は運び込まれた時をピークに徐々に軽減していき、気力の回復も早かった。しかし今回は鼻という限定的な部位とはいえ、やはり切っているので体力、気力ともに元に戻るには少々時間がかかりそうだ。退院後は微熱が続き、しばらく痛み止めも服用。嗅覚はいまのところまだ戻っていない。焦らずのんびりいこう。このまま順調に回復した後のすっきりした鼻通りと共鳴を楽しみに。

今回オペをしてくださったT先生には最初から全幅の信頼を寄せていた。いつも丁寧に問診、説明をしてくださり、不要な不安を取り除いてくださった上で、オペは鼻茸除去だけでなく、鼻腔内の歪みの修正やアレルギー性鼻炎の改善など、いくつもの項目をいっぺんに処置してくださったゴッドハンドの持ち主。手術直前には、緊張がピークに達した私の顔を覗き込み、「大丈夫ですよ〜」と、そのゴッドハンドで優しく肩をトントンと叩いてくださるなど、精神面でもおおいに救われた。いい先生と出会えて本当によかった。
麻酔科の先生にも感謝。声を使う仕事なので呼吸確保の管を通す際に声帯が傷つかないか心配だと打ち明けたところ、声帯を越す(という言い方をされていた)やり方があるんですよと、その場で手書きの絵を描いて声帯を傷つけない方法があることを説明してくれた。おかげで術後に喉がヒリヒリするようなことは一切なかった。ありがたいことだ。

そんなこんなで今回も色んな人のお世話になった。家族にも友人にも大変助けられた。残念ながら昨日、私が抱えているのは好酸球性副鼻腔炎という原因不明の難病であることが判明。再発の可能性が高いそうだ。同じ疾患を持つ患者さんひとりに対し、T先生は4回手術したと言っていた。うぇ〜ん、チキンはもう手術したくないです〜。こうなれば、なるべく再発しないよう予防できることは全てやっていこう。T先生とは一生のお付き合いになるかもしれないな。


病は気から。できれば前向きに捉えたい。今回の手術を経てわかった自分の体内で起きている奇妙な現象。少々厄介な奴だが、人生の旅仲間が一人増えたくらいのつもりで、歩を進めていこうと思う。

おわり






人生の道連れ1

副鼻腔炎と診断されたのはいつだったか、かれこれ10年以上も前の話。鼻づまりが一過性のものでなく慢性化するも、これまで手術を勧められたことは一度もなく、薬を飲んでは止め、飲んでは止めを繰り返していた。ところが今年久しぶりにクリニックを訪れるとドクターが世代交代しており、医療器具も一新。CTを撮ってみましょうということになった。その結果「これは薬では治りません、手術を考えましょう」と。

私は、蓄膿症のおぞましい手術のうわさを知るギリギリの世代かもしれない。上唇だか歯肉だかをペロリ〜ンと剥がして、ノミか何かで鼻の骨を削るなどという、そんなとんでもホラー体験、どこから勇気を振り絞れというのか。恐れおののき固まっている私に若いドクターは、「今はもうそんなことしませんよ〜」と微笑んだ。全身麻酔をかけて、内視鏡で施術するらしい。

知らないうちに手術は終わっている。その「なんてことない」感が、私の背中をひと押し。さらに初耳であった「鼻茸(ハナタケ)」というワードが、ドンッ!強力に背中をもうワンプッシュ。
鼻茸とは、鼻腔内にできるポリープの呼び名なのだが、文字から連想されるビジュアル・イメージがあまりにキツすぎる。
「鼻茸がけっこうできています」って、わたし、栽培した覚えないです先生!お鼻の中がキノコ畑???気持ち悪るすぎでしょ。もう、今すぐにでもキノコ狩りをしたい。根こそぎとってほしい!という刹那な思いに駆られた。 そして最後のひと押しは、長年気になっていた発声への影響を改善できるかもしれないという期待。つねひごろヴォーカルは声を共鳴腔へ響かせてナンボ。などと生徒たちに偉そうにレクチャーしておきながら、自分は寝不足などちょっとした体調不良でも鼻が詰まり、鼻腔にうまく共鳴させられないといったジレンマがあった。

これら三要素と、先生から聞いた慢性副鼻腔炎を放置しておいた場合のリスク云々を考慮した上で、手術することに踏み切ったのが夏前。とはいえ即答したわけではなく、2週間ほどネットでくまなく情報収集し、悩みに悩んだ末の決断である。

紹介してもらった大病院のT先生とも何度かじっくり話をさせてもらい、およそ2ヶ月ほど、じっくり覚悟を寝かせ熟成させた上で臨むはずだった手術。であるが、 途中で例の階段真っ逆さま転げ落ち事件が勃発。弱り目に祟り目のダブル厄だ。厄のやつめ、畳み掛けてくるよな・・・。よーし、だったらこの際まとめて背負って一気にエイヤッ。背負い投げだぜ、ベイビー。丹田に力を込め、上半身がっちりコルセット装着のまま手術台に上がった。

つづく

入ってましたって!

〜私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。あるいは私はその中に、はいっているかも知れません〜

これは先月「魔女ラジライブラリー」にて朗読させてもらった太宰治の名著「貨幣」の冒頭部分だ。「私」のモノローグで綴られるこの物語は、主人公の百円紙幣が様々な人の手に渡り旅をする過程において、戦時下の日本という時代背景と、そこに生きた者たちの本心があぶりだされていく様がとても興味深い。
今宵死ぬかもしれぬという時にむき出しになる人間の醜さ、浅ましさ。と同時に顕になる人の優しさ、他人を思いやる心というものも存在する。それらを貨幣に世渡りさせ、見聞させ、語らせるというアイディアが、まずもってブラボー文豪太宰!なのだが、ラスト、そうきますかっ!!凄いを超えて、憎い。
いい話です、本当に。だから声に出して読みたいと思った。
「ああ、欲望よ去れ、虚栄よ去れ。日本はこの二つのために敗れたのだ。」という「私」の独白も、未だ胸に突き刺さったまんまなの。痛い。
この時期に読み返すとまた沁み入るわね。まだ読んだことないという方はぜひ、青空文庫で一読を。もしくは魔女ラジライブラリーにてJovandyの朗読でお楽しみくださ〜い。

って今日は本の話じゃなくて、いや、大いに関係あるのだけど、
太宰さんのおっしゃる通り、入ってたのですよ!父の古い財布に!!

百円紙幣!!!
板垣退助さ〜ん!!

父が私にこの貨幣を委ねるというのです。なんという巡り合わせ。百円紙幣の「私」が私の元へ。ロマンだわ。で、幾らで転売できるの?って浅ましい考えが浮かばなかったといえば嘘ね。ここは正直に。調べてみるとだいたい2~3倍の値ってところかしら。二、三百円。しかし私は今のところ手放す気はない。もうしばらくロマンに浸っていたい。この百円紙幣が活動していた時代に思いを馳せてみたい。
それにしても、この子はまだ若いわね、綺麗だもの。箱入り娘?大事にしすぎて旅するチャンスを奪ってしまったかな。もう、どこへも行けないのだとしたら、悲しいね。だからこうやって多くの人に見てもらいましょう。

今やキャッシュレスの時代、貨幣が人の間を巡り、時代を旅する機会は今後ますます減っていくのだろう。
今日コンビニで手放した貨幣たちには、この先どんな冒険が待っているのかな。貨幣を擬人化してロマンを託せるのも今のうちかもしれない。

病棟日記 その9

アンユージュアルな体験
入院9日目 

特注の補装具が今日届くというので、退院が明日にのびた。連日の猛暑、暑そうだな~外。明日は上半身をほぼ覆う頑丈な補装具をつけての退院。気合いがいりそうだ。

相変わらず詰所のオープンスペースでは、先生と患者さんご家族とのヘビーな話が進行している。壊死、腫瘍、転移、延命措置など、小説やドラマの世界でしか聞いたことのないようなワードが途切れ途切れに浮上し、改めてここは命を扱う場所なんだという認識を深める。

アイラブTVさんから授かった「感謝の言葉は惜しみなく」の精神は今日も引き続き実践。清掃員のおじ様へ「いつも綺麗にしていただいて、ありがとうございます!」と伝えたら、言ったそばから自分の心も綺麗になっていった。それから、これまでだと自分の中だけに留め置いていたようなこと、わざわざ相手に伝えるという発想すら浮かんでこなかったようなことも口にしていた。例えば今回はゴミ箱の話。先日ゴミを捨てようとしてベッド脇のゴミ箱を覗くと、底に何やら捨てた記憶のない塊があって、その上に透明のビニール袋が敷いてある。何だろう?とビニール袋をとってみると、その塊は新しいビニール袋ワンセットであった。なるほど!これだと毎回新しいビニール袋を用意して持ち込む必要がなくなる。取り替えがスムーズになるよね。という気づきをくれた事に対する感謝の気持ち「このアイディアいただきます!家でもやります!ありがとうございます!」を伝えたわけだ。この時、おじさまは初めて白い歯をみせて下さった。気持ちにはちゃんと気持ちが反応してくれるんだなぁと思った。

朝食後、ここへ来て2回目にして最後の整形外科の診察を受ける。私はずっと脳神経外科の病棟にいたので、主治医も脳神経外科のドクター。整形の先生とのコンタクトはほぼ皆無。その点だけがとても不安であった。ほぼ初対面な感じでスタートした会話は以下のとおり。もうね、全然噛み合ってないよね。明日退院なんだけど・・・。

「先生、わたし、いつから通勤出来ますか?」
「あ、働いてるの??」
   え?逆に聞きたい。その意外性の根拠。

「先生、この間リハビリで
   エアロバイク乗ったんですが…」
「へー、そんな事したんだ~。」
   え? (パードンミー?)
   リリーちゃんと連携とってないんすか?
   先生の指示とかって、ナイ感じすか?
   そういうのはアリなんすか?
   大丈夫なんすか?
   階段とかも~上り下りしちゃったっすよ!
   え?え?え?
   誰を信じたらいいんすかーーー⁉️

誰も信じられないという思いと、全てを信じたいという思いが交錯し、行き着いた先は、結果オーライであった。レントゲンでは骨の状態に変化なし。運ばれてきた日と同じ状態。つまり、悪化はしていないのだから、結果的にはオーライだ。
そうだろう?ベイビー。

そして、入院生活最後のリハビリへ。
リリーちゃんがしっかり横についてくれてるから大丈夫。もう信じることに決めたから大丈夫。エアロバイク?やるやる。
「では、今日も10分間、頑張りましょう!」「は~い!」
ところで知ってました?リリーちゃんのリハビリメニューは、ただ単にバイクを漕ぐだけではないのです。その間ずっとリリーちゃんと会話をするという負荷がもれなくついてワンセットなの。

私:「はぁ、はぁ、はぁ」
リ:「で、例のおばあちゃん家なんですけどね~」
私:「はあ、はぁ、はぁ、あー、愛媛のね。
   結婚したら譲り受けるって言ってた
   はぁ、はぁ、はぁ」
リ:「生前贈与ってことになるんですかね~?」
私:「はぁ、はぁ、はぁ えーっとね~、
   孫の場合は・・・はぁ、はぁ、はぁ」
リ:「年間でいうと・・・」
私:「はぁ、はぁ、はぁ」  
り:「・・・・ですかね~?」 

  あかん、りりーちゃん、
  脳に酸素が足りてない気がする。
  ええんかな、信じてるけど、ええんかな、
  このままいって。。。

リリーちゃんは、最後まで
無邪気にスパルタであった。

さて、9日間に渡り綴ってきた病棟日記もこれにて終了。連日たわいも無い独り言にお付き合い下さったみなさま、ありがとうございました。

今回もし体にメスが入っていたら、ここまでの余裕は多分なかったと思います。痛みは病院に運ばれてきた日がピークでした。受けた傷からすると奇跡的生還に自らの生命力の強さを感じると共に、何か別の力、他力によって命拾いした、生かされた、という感覚も強く、それが今回の入院生活におけるいくつかの「気づき」へとつながっていったようにも思われます。
「気づき」をまとめると、こんな感じ。

気づき1:感謝の気持ちは惜しみなく伝える
気づき2:看護する側、される側双方にとって、
     言葉は最も重要なパイプである
気づき3 : 年老いて誰かの世話になるってことは
すごく覚悟のいることである 

最後にこれは問題提起。
これからの時代、各入院病棟には認知症を患う患者さん専門の看護師さん、もしくは介護士さんの配備が必要ではないか。きっとそれができない理由は山ほどあるのだろうけど、病院が姥捨山ではあまりに悲しい。丸腰の本人も、またその家族も、人質にとられるような思いなく、安心と信頼のもとで預けられる環境を整えてもらいたいです。その事を、一個人の願い、理想としてここに記しておく。

ではでは、今後もこのブログ「言の葉ノート」をよろしくです!その他、5日ごとに変化する七十二候をご紹介する「季節の便り」や、階段落っこちてなければ先月中にアップ予定だった「きょうの言霊」も、なるべく早く立ち上げたいと思っていますので、ぜひまた立ち寄ってくださいね。このサイトIkukologyが、今後も皆さまの止まり木になることを願って。  

川島郁子

病棟日記 その8

アンユージュアルな体験
入院8日目

昨日、再び様子を見に来てくれたメーテルさんに、帰り際、少し声を潜めて私の感謝の気持ちを伝える事ができた。私自身のというより、ほとんどお隣さんの気持ちを代弁するかのような内容になってしまったが、カーテン越しにずっと癒されてきた事も忘れず付け添えた。メーテルさんは、最初驚いたように瞳を丸くし、やがてその深い瞳の色を一層濃くして、こう答えた。「そのお言葉を励みに、これからも精進いたします」

精進などしなくていい。
仕事なんてできなくていい。
だたそこにいてくれさえすればいい。
私の心の声はそう叫んでいた。

昨日はその後、アルチンゲール氏にも思いを伝えるチャンスがあった。彼も恐縮したように丁寧にお辞儀をし、「メーテルさんに比べれば、僕などまだまだです。これからも勉強させてもらいます」と言った。あくまでも低姿勢。そこでふと、私はあることに気づいた。メーテル氏はアルチンゲール氏の先輩なのか・・・。
そして今日、新たな事実を前に、私の胸は歓喜に震えることとなる。

いつものように物静かに病室にやってきたメーテルさん。と、そこへ彼女を追うように慌てて入ってきた看護師さんが、点滴の針がどうのこうの。語尾が「~たらいいですか?」と、彼女に教えを乞うているではないか!
え?もしかして、メーテルさんベテランさん?
私の胸がなぜ打ち震えたか、もうわかっていただけますね。
これまでの彼女の患者さんに対する数々の神対応は、全て、彼女の経験に裏打ちされた技術の賜物である可能性が濃厚となったのです!元々の性格だとか、仕事ができない事と引き換えに~とかじゃなくて、あの神対応は、熟練された神業だったのでは??仕事ができないどころか、全てを完璧にこなすホンマモン。メーテルはプロ中のプロやったんやー!!!

どのような現場でもプロの働きを目の当たりにするのは気持ちのいいものだ。仕事ができるナイチンゲールもいると知った以上、私の胸のつかえは完全に取れた。安堵感が心を浄化し、体内に元気がみなぎるのを感じた。「病は気から」は本当だ。そして院内において、その気を送ってくれるのがナイチンゲールたちなのだ。

さあ、今日はもう50メートルダッシュも逆立ちさえもできそうな「気」がしている。昨日から寝返りも楽になってるし。よし!リリーちゃんが迎えにきた。今日は頑張りますわよーわたし。ところが、今日はそそくさとリハビリを済ませ、その倍以上の時間を恋のお悩み相談に費やすこととなる。病棟の誰もいない休憩室に二人で座り込み、すっかり心を開いてくれている様子のリリーちゃんが切り出した。
「この間、別れたばっかりなんですよ~」ふむふむ。それで終わるわけないよね、この話。ここからがスタートだよね。ということは、「あんたまだ、惚れてるね」(ちびまる子ちゃん風)。心は別れてませんな。互いの家族をも巻き込んだこの恋愛は、なかなか一筋縄ではいかなさそう。しかし、似たり寄ったりの障壁は、かつての私にもあったもんだ。こうやって親身になって話を聞き、多少なりともアドバイスができるのも、そんな経験のおかげだな。こんなところで今頃役立つなんてなぁ〜。

勢いと、とまどいと。若さの象徴を絵に描いたようなリリーちゃんの横顔を、西日が美しく照らしだしていた。若いって、マジいいな〜。一瞬真剣に嫉妬した。で、結局私たちが納得の上に出した結論は「押してもダメなら引いてみな」だった。

部屋に帰り、ぽっかり空いたお向かいのベッドがオレンジ色に染まるのをみて、急に寂寥感に襲われた。ああ、そうだった。もうアイラブTVさんはいないんだった。毎日が新鮮な驚きに満ち、目まぐるしく過ぎていく中で、彼女の事を書くスペースを確保できないまま今日に至ってしまった。私にとって今回の「気づき」のひとつでもある「感謝は惜しみなく」を教えてくれた重要人物なのに。

アイラブTVさんはお孫さんもおられる70代の女性。同じ日に入院し、お向かいのよしみで仲良くしていただいた。
ここ大部屋にやってきた日はTVに繋げるイヤフォンがなくて半ばパニックになっておられ、「これ、聞こえます?」と、ボリュームを最小にしてカーテン越しにどう聞こえるか、向かいの私の所へチェックしにこられたのが始まり。「私は多少聴こえても気にならないので大丈夫ですよー」とお応えし、それ以来、時々言葉を交わし、互いを励ますようになった。

「私、テレビがないとダメなんですよ~」と朗らかにおっしゃるアイラブTVさん、本当に好きなんですね、テレビ。翌日にはイヤフォンも手に入れ、毎日それこそ一日中TVに向かってらっしゃった。時々カーテン越しに聞こえる堪え笑い、漏れ笑いが、これまた微笑ましく、こちらにまで伝染して私も自ずと笑顔に。
笑顔の伝染のみならず、彼女の病院スタッフに対する感謝の念も、向かいの私に伝染した。彼女の感謝の言葉は惜しみない。
「〇〇さん、ごめんなさいね、ありがとう~」
「〇〇さんでしたよね、ご苦労様~」などなど。
いつも誰かに向かって謝辞を述べている。
さらに彼女の一歩上を行く凄いところは、感謝の言葉の前に必ず相手の名前をつけるところ。「ありがとう」と言われて嫌な気がする人はいない。ましてや、社交辞令からグレードアップした、そのひと個人に向けられたパーソナルな謝意である。アイラブTVさんに対するスタッフの扱いが少々手厚く感じるのは、なまじ気のせいではないだろう。
私もアイラブTVさんを真似て、謝辞の前に名前をと試みたが、何回かはネームプレートのチラ見がバレバレで、我が身の未熟さを思い知った。
この病棟日記ではずっと看護を施す人たちの言動にばかりに注目して書いてきたが、アイラブTVさんには、看護を受ける側としての姿勢、心得を教えてもらった気がする。

「綺麗な人やわ~と思っていたのよ~」。どこから見ても疲れ切った病人顔のおばちゃんつかまえて、こんなことが言える人、ひょっとするとそうなのかも?って一瞬いい気分にさせてくれる人。「もう歩けてるの?すごいすご~い!」と元気付けてくれた人。言葉でもって人を喜ばすことが自然にできる人。そんなアイラブTVさんが、今日、息子さんたちに連れられて退院していった。頭を打って歩けなくなったとおっしゃっていたが、本当によかったですね。スタスタと歩いて行かれる後ろ姿に再度大きく手を振った。

そして、今、私は病室の窓から赤く染まる街並みをひとり眺めている。夕食前のつかの間の静けさ。いよいよだな。明日には私も退院だ。あれ?もっとこう、やったー!的な気持ちの盛り上がりはないのだろうか。なんだこの喪失感は。心にポッカリ。なんの穴だよ、コレは。ええー!もしかして、アイラブTVさん・ロス現象??

いよいよ明日は病棟日記 最終回

つづく

病棟日記 その7

アンユージュアルな体験
入院7日目

ある決断。それを早くも実行する時がきた。
アルチンゲールの存在が背中を押してくれた。

あ、失礼。まだご紹介してませんでしたっけ?アルチンゲールさん。えっと、男性版ナイチンゲールです。男性なのにナイチン?ということで、違和感を取り除くべく、仮の名をアルチンゲールとさせていただきました。

昨日はじめてお会いしたのだが、この方がまたメーテルに負けず劣らずの神対応かつ、包容力のかたまり。例えば、ナースコールを押すまでもないお願い事(風呂の予約だったり、歩行器の撤去だったり)も、自分の担当時間内にきっちり叶えてくれる人。かならず処置前に、何のためにそれをするのかを丁寧に告げてくれる人。例えば、「血圧を測るので、腕を伸ばして下さい」「ご飯を食べるので、体を起こしましょう」など。とにかく信頼と親切を盛り込んだケアは、惚れてまうぞレベル。
いつも穏やかな声で話しかけ、まずもって敬語表現を崩さない←これ大事!患者に対してタメ口だったり、子供をあやすような口ぶりは一切しない。
あれって何なんでしょうね。例えば先日、認知症のお年寄りを若い看護師さんが二人して子供扱いし、クスクスと笑いあっている場面に出くわした。本人たちは親しみを込めてやっているつもりかもしれないが、側から見ると決して気分のいいものではない。もちろんそのような扱いを受ける当人もそうであろう。その人は貴方のおじいちゃんおばあちゃんではないのよ、と言いたくなった。
また、「食べないの?じゃあ、自分で食べてねっ」と言ってプイッと出て行く看護師さんもいた。我が子へのネグレクトじゃあるまいし。自分で食べられないからここにおります。一度でいいから腰を据えて、食べられない理由を聞いてはもらえないでしょうか。と、私なら訴えるかな。

当然このような見解は、現場で働くリアル看護師さんたちからすれば綺麗事。病院の激務を知ってから物を言えと、お叱りを受けても仕方ないかもしれない。おっしゃる通り、私はただの行きずりの者。私が残念な思いで眺めたいくつかのシーンは、これまで丁寧な介護を試みたあげくの、疲労の果ての図なのかもしれない。かくいう私も、仮に看護師の職に就いたとしたら、きっとテキパキ系でもナイチンゲール系でもないその中間の、チャライ系にでも収まって、世渡りしていくであろうことは明白。つまりは、どんな仕事も理想と現実の乖離に折り合いをつけながらやっていくしかないという、その事実を私は承知している。

承知した上で、やはり。なのである。頭や体の自由が利かなくなって、孤立無援、ひとりぼっちでベッドに横たわる側になった時、お世話になりたいのは、やはり間違いなくナイチンゲール系なのだ。全てが受け身の状態で、心だけが唯一意思表示できる最後の砦だとしたら、そこで支えてもらいたいのは、やはりメーテルやアルチンゲールなのだ。

本日、ついにメーテルが私のところへも来てくれた。「本日担当させていただきます〇〇です」とのご挨拶の後、色白のか細い腕で血圧を測ってくれた。
「何か心配事はございませんか?」
おお、愛しのメーテルよ。私はあなたが心配なのだ。あなたの繊細な心がいずれポキっと折れてしまわないかが心配なのだ。私はあなたやアルチンゲールがやがて「天使なんかやってられっか!」と、涙ながらに頭上の光の輪をかなぐり捨て、現実の荒波に飲み込まれてしまうのではないかと危惧している。

業界内の人曰く、ナイチンゲール系はイコール、仕事できない系だそうだ。患者には好かれるが、職場ではお荷物。 ああ、なんてこった。なんて現実は残酷なのだ! だからこそ、私は心に決めたのだ。今抱いている感謝の気持ちを、思い切って彼らに伝えようと。なぜならば、天井の一点をずっと夢見心地に見つめているお隣さんは、明日の私の母であり、将来の私であるかもしれないからだ。

つづく



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病棟日記 その6

アンユージュアルな体験
入院6日目

「殺したるー!!」の連呼で目が覚める。どなたかが暴れている様子。どのような出来事や感情の蓄積をもって、あのような怒声たらしめるのか。その方の頭の中を少し覗いてみたいと思った。
「〇〇さ~ん、静かにして下さーい!」
対応に当たったのはナイチンゲール系ではなくテキパキ系の看護師さん。なるほど、あの暴言では天使の声はかき消されてしまうだろう。これは適材適所と言わざるを得ない。それぞれの役回りの重要性について、また思考を巡らせる。

朝食の時間。昨日、全粥から普通のご飯に戻してくださいとお願いしたにもかかわらず、山盛りのお粥が運ばれてきた。う~ん、もう一食我慢しようかなとも思ったが、また伝言が伝わらなければ今日も三食お粥を覚悟しなければならない。お粥は決して嫌いではないが、6日連続、朝昼晩と全粥は、さすがに他の病気を疑ってしまうレベルの献立だ。
配膳係の方に事情を説明すると、しばらくたって主食だけ交換してくれた。
それにしても、昨日の伝言経路はどこでどう途切れたのだろうか。暇だとそういうちょっとした事もホームズ並みに推理してみたくなる。この土壇場での主食変更に際し、誰が誰に「すみません」と言ったのだろうか。今回の伝言ミスで誰が余分な仕事をし、誰が我慢したのだろうか。そんな事を考えながら、お粥の代わりにやってきたコッペパンをかじる。うまっ。家では絶対食べないマーガリンも、うまっ。その時点で伝言経路のことはすっかり忘れてしまった。

お昼。お隣さんのところにまたメーテルがやってきた。やったね!もう声でわかる。
「ええっと、今日は~〇〇と△△と□□と…」
おおー、今日はお品書きから説明!!優しい声でナイチンゲールが奏でる。
メーテル:「まずは・・・デザートからいきますか?」
お隣さん:「はい」
メーテル:「姿勢、しんどくないですか?」
お隣さん:「しんどい~」
メーテル:「では、よいっしょ。これでどうですか?」
お隣さん:「ありがとう」

天使を超えて、神対応ですね。何よりも感動するのは、二人の間にちゃんとした会話が成立していること。後日お隣さんのところへご家族が来られた時も、別人かと思うほどしっかり会話されていた。普段は返事をすることすらままならないのに。応対する人によってこんなにも反応が違うという事実が、入院すると認知症が進行すると言われる所以を皮肉にも物語っているように思われた。

今日のメーテルの訪問によって、どんなに認知能力が衰えても、人には人がわかるんだってことがわかった。そして私はこの日、ある事を実行しようと固く心に決めたのである。

つづく

病棟日記 その5

アンユージュアルな体験
入院5日目

今の自分の身体能力を把握し、一つの動きに費やす労力を予測できるようになると、時間に余裕ができる。つまり暇になる。元来何もしない時間が苦手なもんだから、動けない分、気持ちだけがチョコマカ、チョコマカしている。それに「口が寂しい」。あ、これ、本来の意味とは違います。誰かと無性にお喋りしたくなる事=口が寂しい。まさに今の私の心境にピッタリな表現だ。

今日のリハビリ担当はリリーちゃんじゃなかったけど、またしてもお母様が私と同い年という娘さん相手に、よー喋った!会話って楽しい!ブラボー!カンバセーション♪

因みに本来の意味での口が寂しいは、ここに来てからずっと。超規則正しい生活をしているおかげか、お腹がすごく減る。淡白な病院食も健康面においては理にかなった味付けなのであるからして〜、と妙に納得しながら、甘んじて受け入れている。

さて、
今日はそんなどうでもいい話しはどうでもいいのだ。今日はこの入院生活における「気づき」の中核を占める重要人物と出会うことになる。その名もメーテル(仮名)。マスクから上が銀河鉄道999のメーテルにそっくり。

看護師さんには大きく分けて二つのタイプがいるという。ひとつはテキパキ系、もうひとつはナイチンゲール系。メーテルはまさしくナイチンゲール系であった。

それまで看護師さんのタイプなど気にもしなかったが、お隣さんを訪れる看護師さんの言動を小耳にするたびに、とても敏感になってしまっていた。
おそらく認知症を患っておられるお隣さんは、いつも夢の中にいるような感じで、ずっと同じ体勢のままベッドに横たわっておられる。そんな夢見心地の合間に、強制的に覚醒させられるのが食事の時である。いつも突然なので夢と現実の境界が曖昧なままだ。
「目、開けてー。ねないで下さいねー!食べてくださーい!」と催促されながら、ただなすがままに無言で口をあけている。ところがある日そこへ、ナイチンゲールが来た。メーテルだ。

穏やかな声で、○○さん、と呼びかけ、口へ運ぶ前にかならず食品の名を告げ、「あーんして下さい」と促す。この一連の、まるで美しいメロディーを奏でるかのよう流れるパッセージが、夢から現実へのゆるやかな道標となり、お隣さんが徐々に目覚めていく。そして、なんと驚いたことに、ポソっと口を開いた。

「おいしいです」と。

「おいしいですか?よかったよかった」

カーテン越しでもわかる。患者さんに向けるメーテルの眼差しが。それは、もうもう、絶対、天使なのである! (く〜っ、おいしくてよかったなぁ〜もぅ)思わずこちら側でもガッツポーズ。

もしかすると、メーテルさんは新米さんなのかもしれない。ひとりひとりの患者にそこまで丁寧に接せられないというのが現場の本音かもしれない。だからこのエピソードを美化するつもりはない。けれど、こと認知症の患者さんに関しては、フランスの認知症ケア「ユマニチュード」に代表されるように、その人の人間らしさを大切にしたケアが必要なのだ。だって、その人は何もわからないのではなく、ちゃんとわかっているから。自分が大切にされているかそうでないかは、ちゃんとわかっているから。ただ、入院病棟にそこまで細やかなケアが必要か?というと、これまた別の論議になるのかもしれない。

ともあれこの日以来、私は看護師さんという専門職を興味を持って深く観察することになる。

つづく

病棟日記 その4

アンユージュアルな体験
入院4日目

四日ぶりに娘が会いに来てくれる。持病を抱えながら家事も犬の散歩も全部一人で頑張ってくれている。このタイミングで言うべきことでもないが、言っておく。生まれてきてくれてよかった。ありがとう。
今日はやたら優しい気持ちになる。他人に対しても自分に対しても。娘の顔を見たせいもあるだろう。けど、一番の原因はこれかもしれない。長い便秘の喪があけたから!

さて、理学療法士のリリーちゃんがまた迎えに来てくれた。もうすっかりお友だち。でもお母様は私と同い年、あはっ。ジムまでの道のり、今日のクロストークもなかなか濃い内容であった。例えば「コロナ病棟への派遣について」など。完全オフレコ。

そうこうするうちに、ジムに到着。ここで穏やかな空気がなんか別モンにかわる。


え?もうエアロバイク乗るのん?

キョトンとしてる私にリリーちゃんは親指を立てている。ワタクシの背骨、破損してますの…という訴えを瞳の奥で表現しようも、リリーちゃん相変わらず不動の笑顔。

あなたは仏の顔した鬼ですかー⁉️


支えてもらいながら恐る恐るサドルにまたがる。エアロバイク自体、独身時代イキってジム通いしてた時以来よ。本当に大丈夫なのかしら……あら、あらら、いけますわー!わたし、いけますわー!リリーコーチ❣️

この無茶振り体験により、お腹周りの筋肉?環境?が随分と改善された気がする。その証拠に、昨晩は咳ひとつでうめくほどの痛みだったのが、軽い咳なら平気になった!やっぱ運動って大事なんやなぁ。サンキュー、リリー❣️