数打ちゃ当たる

もう10年以上になる住み慣れた我が家。
あれこれ使い勝手も工夫し、
どこに何があるかも熟知。
停電しても大丈夫。
目的のものにはたやすく到達できると
自負している。
が、しかし。
ただひとつ。
未だに非効率、不経済、無能なことを
やっている自分に気づいた。

リビングに設置されているスイッチ

入り口に4つ集約されている。
これを毎回、やみくもに
パンパンパンパン〜!
つける時も消す時も
パンパンパンパ〜ン!

「数打ちゃ当たる」方式で使用。

たった4つのスイッチの配置を
未だ覚えられずにいる。

頑張って覚えようと試みてはみた。
しかし、
スイッチを押す前にワンクッション
脳が配線経路を求めるが故、
時間的にはパンパンパン〜の方が
早い。

そもそも、キッチンとダウンライトは
向かって左手にあるのに
スイッチの配置が右手とは
合点がいかない。
リビングもダイニングの手前にはない。
しかも右手だし。
これでは、空間認識能力を
混乱させるだけではないか。
戸惑うのも無理はないと思うのだが。。。

などと理由をつけて、
結局「数打ちゃ当たる」方式に戻る。
リビングの出入りの際は、常に
頭の中は停電状態だ。

キーボードのブラインドタッチは
お手の物なのになぁ・・・。

はじまりの絵本

建仁寺の塔頭、禅居庵(ぜんきょあん)にて
現在開催中の『はじまりの絵本』展に
行ってきました。

京都のお寺を訪ねるのは久しぶり。
こじんまりとした山門に心が落ち着きます。

奥へ進むと、副住職の上松さんが
お出迎えくださいました。

禅居庵にご縁のある100名の方々の
推薦する絵本がずらりと並ぶこの展示会。
実は私川島もご縁がありまして、
「子供の頃に心に残っている絵本」と、
「いま大切な人にとどけたい絵本」の2冊を
お勧めさせていただきました。

もちろん手にとって読むこともできます。
私が訪れた時はお母さんが幼いお子さんに
何冊も読み聞かせをされていました。
私にとっては懐かしくも微笑ましい風景。
毎夜ベッドで読み聞かせをしていた頃の事、
さらには時代を遡って、
母や父に絵本を読んでもらっていた
幼い日の事を思い出したりもしました。

風景といえば、このシチュエーションも
物語の世界にどっぷり浸るには最高ですね。

ちなみに、川島おすすめの2冊・・・
「子供の頃に心に残っている絵本」は
にしまき・かやこさんの
「わたしのワンピース」
「いま大切な人にとどけたい絵本」は
どい・かやさんの
「チリとチリリ はらっぱのおはなし」
を推薦させていただきました。

この「チリとチリリ」シリーズは
恵文社さんで初めて出会ったのですが、
以来、親子で大大大ファン。
絵も文もほっこり。想像の賜物。
読むだけで幸せになれます!!!

他の方の推薦本も
さすが厳選されたものだけに
どれも印象深く、魅力的でしたよ。
会期は10/30(土)までとなっていますので
興味のある方はぜひ、訪れてみて下さい。

http://zenkyoan.jp/hajimarinoehon/index.html

やはり子供の頃に出会った絵本は
忘れ難き印象と感性を育んでくれる
大事な存在ということを
改めて感じ入りました。

それにしても、上松副住職、
毎年絵本を100冊購入されているわけです。
お子様、ウハウハらしいです(笑
読み放題!!いいな、いいな〜。

いやいや どうして、
私も幸せ気分で京都を後にしましたとさ。

フェアリーピンチング

まさに5W1Hか?
Who When Where What Why and How?
まったく記憶にございません。

手首付近にできた青あざ。

これはもしかして・・・
「フェアリーピンチング」かも。
知らないうちに腕や足にできている青あざは、
妖精のイタズラなのだそうです。
また、秘密を暴かれるとやはりピンチング、
キュッとつねられるらしい。

え・・・・っと。
実は、思い当たる節がありまして。

無限大のイマジネーションと銘打った
このサイト、IKUKOLOGY。
自らも想像力を豊かにせんと、
立ち上げ頃からずっとある事を
試みているのです。

それは、
「Finding Fairy」妖精をみつけろ!
妖精のいそうなところを探しています。


他にもまだまだ。
姿こそ捉えておりませんが、
気配は感じるまでに至っております。

ということで、
あ〜あ、暴露してしまった。

また つねられるーーーー!!

「柚子胡椒」もどきの巻

金木犀の香りがしてきました。秋ですね〜。
前回のブログ記事からの「香り」つながりで、

今日は「柚子」。

『ピリッと辛い薬味を自家製で!!』
というお店のPOPに誘われて、
「柚子胡椒」にトライです。

近くにちゃんと青唐辛子もあった!
これで準備万端。

青唐辛子の種をとって細かく刻み、
すり鉢でグリグリ。
手袋必須。青唐辛子をナメてはいかん。

青柚子は皮の部分だけすりおろす。
(白い部分は苦味があるから表面だけ)
そして、こちらも入れて、スリスリ〜。

ええ感じ。

最後は柚子の果汁+塩を入れて
なめらかになったら完成!!

の、はずだけど。。。

あれれれれ。
「激辛柚子スムージー」になっちゃったよー。
果汁、多汁?
でました、大雑把性格。
用法・用量 守らない人。

ドンマイドンマイ。
テキトーにしては上出来。
なんら問題なし。
今夜も鍋の薬味に大活躍!
柚子の香りがたまりません!

ところで、「柚子胡椒」。
胡椒は使ってないぞ。
胡椒はいらないの?
ネーミングからして、
てっきりあの辛さは胡椒の辛さと
思っていたけど、違った。
なんでも九州の一部地域では
「唐辛子」のことを方言で「胡椒」
と呼ぶことがあるそうで、
そこから名付けられたそうです。

さて、
余った胡椒、いや、青唐辛子はどうしよう。
シシトウの辛い版、使い道あるかな?
と検索していたら、醤油漬けのレシピ発見。
昆布を入れとくんだって。
やってみよう。

辛味成分「カプサイシン」は
代謝をよくして体を温める効果あり。
これからの季節にはもってこいですね。
和胡椒でコロナ・インフル、撃退するぞい。
















万年筆と文香

ひさしぶりに万年筆と便箋を取り出して
お礼のお手紙を認める。
漢字を忘れていたり間違ったりで、
思うように筆が進まず、
いかに手書きから遠のいていたかを
思い知らされる。
改めて姿勢を正し、
真剣に向き合う時間となった。

ドイツの小学校では筆記用具は
万年筆のみだった。鉛筆は使わない。
もちろんシャーペンも。
つまり、一度書いたら消せない。
消せないから間違えられない。
間違えられないから真剣になる。
国語の時間も算数の時間も
ずっと習字の時間みたいな。(笑
さすがに昔の話だろうと思っていたら、
今もそのようだ。
すばらしい教育文化だと思う。
中指にはいつも青いペンだこができていたが、
慣れてくると紙の上を滑るペン先の感じが
とても心地よかった。
万年筆と筆記体はすこぶる相性がよい。

だからという言い訳にはならないけれど、
文字同士が繋がらない日本語を
万年筆で書くのは難しい。
横線が一本つぶれたり、文字の大きさが
まちまちになって不恰好。
書き終えた手紙を見返して、ため息。
なめらかとは程遠いのである。
いや、私の字が下手すぎるのである。
寺小屋の時代に生まれたかった。

悪筆のせめてものつぐないに、
封筒に文香をそっとしのばせる。
「ふみこう」と呼ぶ。
京都の香老舗「薫玉堂」さんで
調香体験をして以来のご縁。
今回は薫玉堂さんの白檀の文香(画像真ん中)
が、残り一個、”かわず”さんだけに
なってしまったので、
試しに他店のものをネットで注文。
こちらは白檀をベースとした天然香木を調香
ということで、どこか華やかな香りが。
これもまたよし。包みも可愛いい。

再度文香を手に入れたことで、
手紙を書く機会が増えて、
字もうまくなりますように。

アフガンと
チョウチンアンコウと
ポニョと

異なる価値観、信仰、人権思想。
わかってはいるけれど、
やるせない。
せめて、怯える人々は解放してほしい。
女性の未来への夢を、権利を、
奪わないでほしい。

父の仕事の関係で10年ほど前まで、
毎年正月にはアフガニスタンからの
女子留学生を実家に招いていた。
現在彼女は社会人となって
東京で暮らしている。

日本の大学で勉強し、栄養士の資格を取り、
アフガニスタンの未来を担う人材と
なるはずだったが、その実行力を試す機会は
いまだ訪れていない。
「今はまだ帰れない」といった状態が
ずっと何年も続いている。

これまでも母国にいる家族の安否は
気がかりであっただろうが、今はそれが
ピークに達しているのではなかろうか。
前の紛争でお兄さんは殺害されている。
その恐怖たるや察するに余りある。

ターリバーンは男子学生を意味するらしい。
1996年から2001年までの第一次政権下では
10歳以上の女子の登校は禁じられていた。
ひどい。とは思うが、
ここまで極端ではないにしろ、
かつての日本社会にも家父長制は
存在してたし、未だジェンダー平等が
実現しているとは言い難い。

男女の違いがあるのは当り前。
問題なのは男性優位の社会が「標準」と
されていることにある。というようなことを
何かの記事で読んだ。
「標準」に当てはまる人たちは
「標準」から外れている人の不便さや
不自由さにまでなかなか気持ちが及ばない。
なぜなら「標準」=「ふつう」=「あたりまえ」
と思っているから。
こういった男性の事を『デフォルトマン』
と呼ぶそうだ。
デフォルトマンはデフォルトマンを基準とした
社会の特権を無意識に享受している。
無意識だから、その多くに悪意はない。

男は男らしく、女は女らしく。
幼少からのそんな刷り込みも今の男社会を
形成する一因となっている。そんな分析も
あるようだが、どうなのかな。
私は女らしくありたいと思っている。
(男勝りなところも持ち合わせてはいるが)
女に生まれたのだから、女を楽しみたい。
やはり、ネックは現代の社会の標準。
標準=正しいとは限らない。

チョウチンアンコウのオスはメスの体に
寄生する。ということを最近知った。
そう、あの深海魚のチョウチンアンコウ。

チョウチンアンコウの社会では、
メスが圧倒的に優位だ。
オスのサイズはメスの何十分の一。
ちっちゃ。
獲物を捕らえるのに必要な発光器官も
メスだけに与えられている。
これぞチョウチンアンコウ界における、
デフォルトウーマン?の特権だな。

そして繁殖期。
オスは巨大なメスに果敢に挑み、
ガブリと噛み付く!
しかし、その後が・・・なんとも切ない。
オスの唇はメスの皮膚と融合してゆき、
メスの血管から栄養を頂くようになる。
と同時に体の退化が始まる!
次第に目は小さくなり、消滅。
ひれ、歯、内臓もメスの体内に
吸収されてしまい、完全に同化。
残されるのは精巣だけ?
メスの卵巣が発達してくると
精巣も大きくなって、
産卵のタイミングで放精が行われるとか。
メスの体に寄生し、器官の一部になって
一生を終えるオス。
アッシーでもない、メッシーでもない
単なる精子バンカー?
なんとも切ない生き様である。

地球上にはこんな社会もあるのだ。
こんな「標準」もあるのだ。

今日はえらい、長くなりました。
ここまでお付き合い下さった皆様、
ありがとう。

最後にポニョ。
ポニョのお母さんグランマンマーレ。
覚えていますか?
海の中で光ってましたよね。
巨大でしたよね。
実はグランマンマーレの正体は
チョウチンアンコウだそうです。
巨大アンコウと人間の男との
異種交配で生まれたのがポニョ。

何マン年も先には男も女もない
なんか別の生き物が地球を支配
しているかもしれませんね。
その時、社会の構図は
どう変わっているのでしょう。

天命を生きる

野戦病院。
文字に書くとちょっと頭が
パニックになりそう。
現実ですか?
現実ですよね。

あらゆる方面で「厳しさ」が増す。
多くの人が堪えている。
ピンチをチャンスに変える人もいるけど、
自力では身動きできない人だっている。

これが人類の試練だとするなら、
76億分の1のちっぽけな自分は
どう克服すればいいのだろう。

自己流克服術は私の場合、現実逃避。
あえて、コレ、必要不可欠と感じている。
今を生きるために、
今を忘れる。
自分を取り巻く今の状況を
一瞬消し去る作業。

一瞬でも、まあまあ効果はありまして。
天命に委ねる気楽さが元気をくれる。
今を精一杯生きる。
それしかないように思えて、
今、自分のできる事にフォーカス。
明日の我が身はわからないから。
今を生きる。
今日の幸せを最大値にもっていく。
悪くない試みだと思っている。

いやはや、今日はこのような
私流哲学もどきを語るつもりは
なかったのだけれど、
アップしようと思っていた写真を
眺めていたら、
なぜこれを撮ろうと思ったのだろう、
なぜ引き寄せられたのだろう、
と、ふと立ち止まり、
深堀りしたら、上記の思想に及んだ次第。

現実逃避に一役買ってくれるのは
やはり、自然。

彼らはあたふたする人間界を
どう見ているのだろうか。

天命を生きる姿が心を軽くしてくれる。

口無し

今日は雨降りの一日。
このお花もしっぽりと濡れそぼり、
クールダウンしていることでしょう。

先日、炎天下で出会った「くちなし」の花。

地面に接触しているけど、
しっかり生きて咲いていました。
真夏の花は涼しげです。
秋にはオレンジ色の実をつけるそうな。

この実は熟しても割れない。
つまり、口を開かない。
だから、「口無し」。
グッドネーミング!

そこで登場するのが将棋盤。
将棋盤の脚はクチナシの実が
かたどられています。

なぜに?
ご存知の方も多いでしょうが、
私は知らなかった。
クチナシ(口無し)=口出し禁止

対局中に他から「口を出すな」
という戒めが込められているそう。

ほんまかいな、そうかいな〜!

娯楽にまでしっかりと密着していた
日本の花鳥風月。
自然とともに歩んできた人々の生活が
垣間見られます。

怖いんです!

年に数回しか乗り降りしない駅、
それ故に、
毎度、乗降時にハッと肝が冷える。

幅、ひらきすぎだよー!!

ホームが湾曲しているので
いたしかたない模様。
しかし、皆さんよくササッと乗り込むなぁ。
怖い、怖い、大股渡り。

こういう時にきまって頭をもたげる
マイナス思考。
足を踏み外したらどうしよう・・・
落っこちたらどうなる???

これって、高所恐怖と同じだ。
落っこちたらどうしよう。
金具やネジが緩んでいたら???
ジェットコースターなどはその
マイナス思考で押しつぶされ、
恐怖の声すら出ない。
長〜いエスカレーターでは
手すりにしかと掴まり、身動き一つせず、
ただひたすら上へと運ばれるのを待つばかり。
後ろに倒れそうになるので
(コレ、マイナス思考の引力)
やや前屈みになってじっと耐える。

わかる人にはわかってもらえると思う。
このムズムズとした恐怖が。

反対に、
高い所に居ても恐怖を感じにくい心理状態を
高所平気症というのだそう。平気の平左衛門。
ミッションインポッシブルのイーサン・ハント
彼は絶対これだな。

さて、渡り幅が広くて怖いのは
何というのだろうか。
幅広恐怖症?











スキンシップ

スキンシップとは
肌の触れ合いによって
親近感をはぐくむこと。
(特に、育児の時などにいう)

はい。
子供が小さい頃はたくさんやったし、
実は今でもやっている。
時々「抱きしめあおう〜」と言って
やっている。(因みに我が子は現在JK)
友達にそのことを話したら
ドン引きされたと言っていたけれど、
我が家には我が家のコミュニケーション術
があって、それでうまくいっているのだから
よしと思っている。

さて、
今回のスキンシップは親子間ではあっても
母と私のスキンシップ。
半年ぶりに一時帰宅した母。
もう一人で歩いたり用足ししたりは
できないけれど、
その分スキンシップが増えて嬉しい。
これまで全身でサポートしてくれた
何百万分の一の恩返し。

髪を洗ったり、服を着せたり、
体を支えたり、手をひいたり。

母にタッチするとシワシワの皮膚から
愛おしさが匂い立つ。
いまや親と子が逆転してはいるけれど、
髪を撫でたり、手足をさすったり、
親子のスキンシップは健在で、
多くの効果をもたらしてくれている。

かつての反抗や、言い争いなど、
全て忘れてくれていて、
ありがとうと笑っている。

ありがたいのは こちらです。

これからも いっぱい いっぱい
スキンシップしようね!