病棟日記 その6

アンユージュアルな体験
入院6日目

「殺したるー!!」の連呼で目が覚める。どなたかが暴れている様子。どのような出来事や感情の蓄積をもって、あのような怒声たらしめるのか。その方の頭の中を少し覗いてみたいと思った。
「〇〇さ~ん、静かにして下さーい!」
対応に当たったのはナイチンゲール系ではなくテキパキ系の看護師さん。なるほど、あの暴言では天使の声はかき消されてしまうだろう。これは適材適所と言わざるを得ない。それぞれの役回りの重要性について、また思考を巡らせる。

朝食の時間。昨日、全粥から普通のご飯に戻してくださいとお願いしたにもかかわらず、山盛りのお粥が運ばれてきた。う~ん、もう一食我慢しようかなとも思ったが、また伝言が伝わらなければ今日も三食お粥を覚悟しなければならない。お粥は決して嫌いではないが、6日連続、朝昼晩と全粥は、さすがに他の病気を疑ってしまうレベルの献立だ。
配膳係の方に事情を説明すると、しばらくたって主食だけ交換してくれた。
それにしても、昨日の伝言経路はどこでどう途切れたのだろうか。暇だとそういうちょっとした事もホームズ並みに推理してみたくなる。この土壇場での主食変更に際し、誰が誰に「すみません」と言ったのだろうか。今回の伝言ミスで誰が余分な仕事をし、誰が我慢したのだろうか。そんな事を考えながら、お粥の代わりにやってきたコッペパンをかじる。うまっ。家では絶対食べないマーガリンも、うまっ。その時点で伝言経路のことはすっかり忘れてしまった。

お昼。お隣さんのところにまたメーテルがやってきた。やったね!もう声でわかる。
「ええっと、今日は~〇〇と△△と□□と…」
おおー、今日はお品書きから説明!!優しい声でナイチンゲールが奏でる。
メーテル:「まずは・・・デザートからいきますか?」
お隣さん:「はい」
メーテル:「姿勢、しんどくないですか?」
お隣さん:「しんどい~」
メーテル:「では、よいっしょ。これでどうですか?」
お隣さん:「ありがとう」

天使を超えて、神対応ですね。何よりも感動するのは、二人の間にちゃんとした会話が成立していること。後日お隣さんのところへご家族が来られた時も、別人かと思うほどしっかり会話されていた。普段は返事をすることすらままならないのに。応対する人によってこんなにも反応が違うという事実が、入院すると認知症が進行すると言われる所以を皮肉にも物語っているように思われた。

今日のメーテルの訪問によって、どんなに認知能力が衰えても、人には人がわかるんだってことがわかった。そして私はこの日、ある事を実行しようと固く心に決めたのである。

つづく